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母の様態。。

  • 2008/11/26(水) 21:47:03
                                

未だ入院中の母。
今月11日に入院してから、先日25日で2週間。。
予定では、この2週間で退院とは言っていましたが、
思うようには、いきませんね。
例の腹水のパイプが、まだ抜ける状態では無いのが原因です。
元々、そのパイプを抜くために、今回の入院と手術に至った訳ですが、
内臓部の傷口が、塞がりません。
その穴が塞がらない限り、腹水用のパイプは抜けないのです。
勿論、退院も出来ません。
もう少し、経過や様子を見る必要性があって、見守ってる次第です。

ただ、術後は至って、元気な姿をみせてます。
また、一番嬉しいのは、なんでも口にすることが出来るということです。
ただ、噛むのが嫌になってきてる状況は隠せません。
特に病院食に飽きが来ているのと、米以上の噛む作業が、辛いらしい。
その他は、果物や、水気の多いものはなんでもOKなんですがね。
今や、なにかと、食べたいものを、うるさいほどに、電話を寄こします。

嬉しい限りです。その度、嫌な声一つ出さず、『はいよ』と買い物に
行くのが楽しみになってます。また、それを持って行く病院へも喜んで
車を走らせ、それを頬張る母の笑顔も嬉しく思う日々です。

ほんと、あと一息・・・かな?
せめて、クリスマスや正月は家で迎えさせたいなッ。
去年は、自宅では無く病院でしたからね。
かと言って、正月は喪中のため、盛大には出来ませんし、挨拶も控えなくては
なりませんがね。

でも、自宅の良さを一番よく知ってる、母には、そう過ごさせてやりたい気持ちです。
1日でも早く退院できることを日々通いながら、祈る思いです。

『おーーい!!我が母よ、早く戻ってこーーーい!!』
と、胸に秘めた言葉で、締めくくります。ニコッ

皆さんからのご心配、お心遣いには、ほんと感謝しております。ペコリ。。ニコッ

今日の曲♪

浜田麻里・・・かっこいいね~
これまた元気が出ますよね~
この歌をカラオケで歌ってる人を見たことが無い、僕です♪
難しいのかな?歌える人居ます?
歌える人は、すぐこの場で歌ってチョッ。。(笑)

さッ、この歌も聴いたことだし、また元気にがんばるぞッ!!
『オーーッ!!』って何人言ったかな?(笑)

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過去3年間の闘いそして今。。(母と私。。そして親父。。)

  • 2008/11/12(水) 19:41:44
                                

皆さん、いつもありがとうございます。。
今日は、しんみりした話です。。
気持ち的に、滅入っちゃいそうな人は、ここでスルーしてください。

昨日11日、母は予定通りの入院でした。
本日(12日)は、午後一番に手術でした。。それに立ち会った私。
手術時間は、約1時間程で無事完了です。
術後の経過にもよりますが、約2週間程で退院できるとのことです。。

術内容は、腎臓と膀胱機能の低下に伴い、つなぐ尿管にバイパス器具が
入ってます。その器具のサイズ変更と交換、それと腹部全体の洗浄との事。
下半身麻酔のみで行う手術。。母は11日から緊張の顔を隠せませんでした。
そりゃーそうですよね~上半身は動くし、見えるわけですからね。
私も正直、食も喉を通さない11日と12日でした。
とりあえず、一安心!!これで、4度目の腹部切る手術ですからね。

で母の容態と言いますと、すでに、腹部には、人口肛門が装着されてます。
身体障害者です。
一般の人(3m)で言うと腸の長さが3分の1も無いほど切除しており、
繋ぎ直すことは出来ません。その為、已む無く人口肛門を装備してるわけです。
そのため、腹水と尿の管が必要で、その管が体内から体外へ出ており、
そこへ排泄物用の袋も装着する状態です。
腹部右側に腹水用の袋、左に尿水用の袋、それに人口肛門用の
袋と、計3つもの袋を常に携帯してなくてはならない体なのです。
それも、自分で、全て処理、清掃を行っており、ほんと『凄い』『尊敬』する母なのです。
今回の術後に、計3個装備してる袋が、外れるかは、未定です。。
母は、外れることを強く思ってますが、多分無理でしょうとのこと。。
少なくても、腹水の管は抜けて欲しいと、祈る気持ちです。

今回の再入院。。私的にも辛いのは隠せませんでした。
ただ、前回の大手術(約7時間)からすると、説明を聞いても、不安材料が見当たらない。
気分的には、多少、楽ですが、何度も切ってるお腹を、また切る。。
それを考えると、やはり辛かったです。
でも、私より、母の辛さですよね。。
実際、手術するのは、母。。どんなに今までも頑張ってきていることか・・・。
その上での今回の手術も、私には、なんのそのと笑顔を作ってました。
ほんと、凄いよなーー。ほんと尊敬を超えて、偉大な存在に変わってます。

見守るしかないけど、頑張るしかない私。
笑顔で常に接しようと努力しております。

親子そろって、この波を超えようじゃぁないですかーーねーー。

がんばるぞーーーー。頑張るしかないでしょう!!

というわけです。。
本日の術後、報告を看護婦から聞きました。主治医は、この後も手術を控えており
忙しくされてたので、説明する時間がなかったようです。
そしたら、なんと、祈りが通じたのか、腹水部位は、撤去出来そうとのこと。
嬉しくて、涙が落ちそうでした。まだ、母は、このことは知りません。
とにかく、一つ、喜びの光が差し込んだのは、事実のようです。ブイ♪
もう一つ、何しろ、骨と皮の状態の母には、手術は勘弁して欲しい、体力的にも
今回は、今まで以上に不安があったのですが、約1時間と早く手術も済んで、
無事完了!!何よりもの、喜びを頂きました。ほっとした瞬間でした。

ここからは、改めて、説明します。
こうなった、原因としては、以前にも話してますが、3年前の子宮頸がん摘出手術からです。
子宮と卵巣を全撤去してます。その手術は、約14時間の時間を要した手術でした。
初めての、手術。。メスを入れるのも初めて。。で、取り組まれた手術。。
時間が掛かった理由は、輸血量が多く必要になったことでした。
今、思えば、出頭主治医が、私達に隠してるように思います。
後で話す内容に出てきますが、試されたようで・・・??
疑いたくないけど、今だかからこそってのが、脳裏を過ぎります。

その手術自体は、良かったのですが、放射線治療が、仇となってしまい、
腸閉塞、尿道炎症、膀胱炎と次から次へと異変が起こり、その都度、入退院の繰り返しです。
最終的には、去年の暮れも暮れ、12月31日の4度目の入院。。そして、半分以上無くなってる、
腸の再手術。。通常一般の人は3mもの長さを持つ腸ですが、この手術で、癒着してる腸や
膀胱、腎臓、尿管と治さなくてはならないとこが多発。。腸は1mも残ってない状態です。
已む無く、切除の上、一生共にすることになった人口肛門となったわけです。

振り返ると、放射線治療というのは、簡単に返事するものでは無いことが、思い知らされる
次第です。。。後の祭りではあるのですが、こうも酷くなるのなら・・・と考えると、悔やんで
しまう気持ちです。。母も、私も。。。
医者自身も、ここまで放射線で酷くなるのは、初めてのこと。。と、言われるぐらいです。
実験されたようで、悔やんでも悔やみきれないのが、現状です。。
決定したのは、本人であり、家族ですから、しょうがないのですけどね。

体との相性や、健康状態など、よく吟味した上で、結論することですね。
とは言っても、度素人の私達が考えたところで、いい結論が出るはずもなく、
結局、先生の言うなりになるのが、見えますがね。
今更ですが、勉強になってる私たち親子が居ます。。

人によっては、抗がん剤で済ませてる人も居ますが、それも同じことが言えるそうです。
今回に限っては、放射線を選択してますが、抗がん剤も、よく体や先生と相談の上って
ことが、必要のようです。。結局は先生任せだろうけど・・・。

悔やんでる原因の中には、放射線治療を行った病院と、今治療をしてる病院が
違うってことなんです。。

放射線治療を行った病院は、多大に、その原因の病を放置した状態なんです。
それも、こうだろう的な対応。。尿道炎症のみの対応を、いい加減な管を入れ、
適当な手術(今だから言える)で、切らなくていい、腸を切って繋ぎ直す方法で、
済ませていたのです。
それに、当病院には責任が無いみたいな言い方。。。それも、当病院は、子宮頸がんのみ。
との言いぐさ。。原因を分かっていながら、腸閉塞も膀胱炎もノータッチだったのです。
それが、わかったのは、ある保険会社からでした。

これだけの手術・入院費なんて、どっからも出てこない。。
保険に入ってましたから、当然、頼ります。で、担当者へ報告。
その担当者が、担当主治医への問い合わせや説明を聞き入れに行ったことから
知ったことなのです。詳細は、申し訳ないですが、省略致しますが事実です。

病院側には病院側の、なんらかの、私達にはわからないことがあるのかも知れない。
けど、そんな放置するような、回答をしなくたっていいと思いません?

で、その担当となった、今の病院なんです。。
そこは、とても、丁寧で、親切で、わかりやすく説明もしてくれ、私たち一般人に
しっかり伝えてくれます。
その先生に、こんなに悪くなった人は、初めてだ!!と言われたんです。
どん底に落とすような、セリフですが、私達親子には、良心的だと聞き入りました。
普通じゃ、他の病院の悪口は言わないと思います。
でも、固有名詞は流石に隠しますが、確実に、そのことを指してる言い方をして
下さるんです。どうです?一般の私達にわかりやすいでしょう!?
この詳細は、問題になりかねるので、自ら伏せますが、疑いたくなる気持ちが
お解かり頂けたかと思います。。

まッ、ちょっと余談が入りましたが、こんな経過・状態です。。
本来なら、もっと何針縫ったとか、細かいことも書こうと思ったのですが、
その取り出された臓物や、嫌なことが脳裏に浮かんでしまうので、
そこは、許してください。

そして・・・。
また、その退院後にも、課題は残しております。。
今年の夏、8月1日に逝ってしまった親父。。
その納骨もしなくてはなりません。。

これは、焦る必要は、無いのですが、母としても今年中には、と思うところが
ある様ですので、合わせて、私も動く次第です。
ちなみに、死因は脳溢血でした。。

それも自宅で亡くなってしまったので、警察やら、検視やらとバタバタとしました。
単に、葬儀だけとは行かず、こうなってみないとわからない世界もあって、
相当な負担は、私に襲い掛かりました。
何しろ、喪主となる母は入院中ですからね。喪主代行で私が・・・。

その書類の山と言ったら、凄いこと、凄いこと。。
役所、検視医師、警察と何度足を運んだことでしょう。。記憶にも収まらないくらいです。
それが済むと、葬儀の手続きとなります。バタバタ、ほんとわからないことだらけ・・・。
そんな毎日をやり過ごし、やっと今があります。そして、今回の母の入院です。
これも、詳細は、省略します。書き切れないです。

こうして、今を生きてます。。母と私。。
きっと、天から親父も見守ってくれてることでしょう!!

また、新たな明日を繰り返し見て行きます。
今日を命一杯生き、新鮮な明日を迎え続けていきます。

以上です。。
最後まで、長い記事を、お読み頂き、ありがとうございます。。

あーーすっきりした♪ニコッ。
次回からは、また暴れるよん♪宜しくね☆。.・

   

【我、母に捧ぐ】

  • 2008/04/26(土) 06:41:15
                                

【我、母に捧ぐ】

とにかく、私は生きている

親があって、私が居る

間違いなく生きている

いろんなことがあったけど...

喧嘩や、裁判所沙汰、離婚、退職と・・・

いっぱい迷惑かけたな~

そんな母親は子宮がんを克服

その後の治療が後を引き、骨と皮だけになってます

それでも、苦い顔、辛い顔をみせずして

後遺症で膀胱炎、腸閉塞と・・・・・・日に日に痩せていく

手術、手術と元の体を返せ~っと言いたくなる

なんで、なんで、母だけが...

俺の元気を分けたい、分かち合いたい

毎日 薬、薬で、薬漬け

どんどん、どんどん痩せ細る

入院、退院繰り返し、それでも生きる姿

そんな母を横目に親父はフラチャラしちゃってさ~

そんな親父も面倒見ちゃう母

なんでだよ~自分の体が先だろう(怒り)

どんだけ世話してんだよーー

今は親父が恩返しする気持ちが必要だろうよ

一日中、酒びたり・・・・

仕事をする訳でもなく、なにもせずして、飲んじゃぁ~寝て...の繰り返し・・・

そんな親父に気を使い、世話をする母

そんなんじゃぁ~治るもんも治らんよ~と口癖に・・・。

それでも、懲りない日々を繰り返し。。。。生きる姿を見せつける

”なんて奴だ” と いつしか思うようになった俺

いつも、いつも様子を見に行く俺にも、優しい言葉をかけてくる

日に日に”生きる”ってこうなんだって思いが強くなり、今の俺に伝えてる、残してるって思うように・・・。

勇ましく、偉大なる母

本当に凄い、凄いぞ母ちゃん!!

かっこいいよ母ちゃん!!

絶対、楽させてやりたい、笑ってる姿が見たい

もう一度、ふっくらした小ちゃい、可愛い母の笑顔が見たい!!

絶対、絶対、俺が・・・生きている以上、俺が・・・・元気である俺が・・・

たまに見せる、弱い母...俺に頼る母...その姿がなんとも言えず

そんな姿に惚れています。

ちょっと前までは、そんな事思いもしなかったけど...

まして、親なんか~って思ってた私でした。

今では、感謝をしています。

産んでくれて 『 あ り が と う 』

”生きる” すばらしさを教えてくれて 『 あ り が と う 』    

(追記)
母は、2年くらい前に子宮がん手術をし、治療を続けてました。その治療の中で、転移の可能性を除去するために放射線治療を受け、容態が変化し、癌は克服したものの、それがきっかけで排出物が自分の力で出来なくなり、一度は退院したものの、再入院。

膀胱炎と診断ののち、再治療。それでも治らず、再検査で、腸閉塞が発覚。間隔にして2~2.5週間づつの間隔で入退院を繰り返したでしょうか?

それでも変化はなく、どんどん痩せていく姿でした。点滴と投薬と食事も出来ずの毎日でした。
今度は、通う病院をこれ以上は当院では無理と断られ、違う病院へ行かされました。

そこでは、いきなり『なんで、こんなになるまでほっといたの?』と怒られる始末。親切さ、安心さが出た瞬間です。

言い訳も出来ないままに、腸閉塞が悪化しており、子宮と卵巣を取り除かれた体に再びメスが入りました。

1.5メートルもの長さの腸が切除され、手術は無事終了。が、しかし、排出物は出来ないままが、しばらく続いてやむなく、肛門にパイプ管を挿入し固定する処置を3回ほど繰り返し、3つのパイプ管が挿入されたままで、かれこれ、癌の手術をしてから約2年にして、つい最近、本当の意味での退院をした次第です。(通院と薬は必要ですが)

今は、下剤を使って便は出るようになったものの、10分に一度はトイレに行ってます。それもまた辛さを感じてます。

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